第一部⑥:ヒールを履けなくなって、それでも仕事に戻った|リンパ浮腫との生活

病気・治療の記録

手術の翌年の2月、仕事に復帰しました。

復帰したばかりの頃は、まだ傷口が痛くて、いつもの服装では出勤できませんでした。

ゆるゆるのパンツに、ぺったんこのブーツ。

いつもの私とはかなり違う服装だったので、何も知らない社員から、

「どうしたの?」

と、少し笑われたこともありました。

でも、その頃の私は服装のことより、傷口や足のことの方が気になっていました。

立ったままの通勤を避けるようになった

最初の頃は、いつも通りの時間に出勤していました。

でも、その時間の電車だと立ったまま通勤することになります。

それが嫌で、少しずつ早く家を出るようになりました。

早く会社に着いたら、誰もいない応接室のソファーで横になっていました。

当時はまだ、弾性ストッキングを毎日は履いていませんでした。

窮屈なのが嫌で、あまり履いていなかったのです。

その分、足への負担も気になっていたので、会社に着いたら横になって休むようにしていました。

早起きした分、眠かったというのもあります。

仕事そのものへの不安は、意外とありませんでした。

その頃、私が一番気にしていたのは、リンパ浮腫でした。

長時間座っていることがつらかった

私は事務職だったので、仕事中は長時間座っていることが多くありました。

でも、ずっと座り続けていると、下腹部や足の付け根あたりが腫れて、痛くなることがありました。

そこで、数時間おきに席を離れて、体を動かすようにしていました。

昼休みには横になって、マッサージをすることもありました。

仕事をしながら、できるだけ体に負担をかけないようにする。

それが、復帰した頃の私の働き方でした。

通勤も、できるだけラッシュの時間帯を避けました。

立ったままの時間を少なくするため、必ず座れる時間に電車に乗るようにしていました。

以前なら、出勤時間は仕事に合わせて決めるだけでした。

でも、この頃からは、

「座って行けるかどうか」

も、通勤時間を決める理由の一つになりました。

リンパ浮腫をどうしたらいいのか

当時は、リンパ浮腫を専門的にみてくれるところが、今ほど身近にはありませんでした。

大学病院には、リンパ浮腫について相談できる看護師さんがいて、その方から専門的なマッサージをしている先生が外部にいらっしゃることを教えてもらいました。

そこで、その先生のところに通うようになりました。

その頃は、マッサージ代も弾性ストッキング代も高く感じていました。

必要なのは分かっていても、毎月のようにお金がかかることには、どうしても躊躇してしまいました。

その先生は、無理にストッキングを勧めるような方ではありませんでした。

「お守り代わりに、1枚持っておくといいよ」

と言われ、そこで初めて弾性ストッキングを購入しました。

かなりごついストッキングでした。

買ったものの、当時はあまり履いていませんでした。

その後、その先生が産休に入られたため、通わなくなりました。

しばらくして、大学病院にもリンパ浮腫外来ができました。

でも、診察とマッサージを受けるとなると、一日がかりになってしまいます。

仕事を休まなければならないことを考えると、なかなか通う気にはなれませんでした。

そこで、自分で通いやすいところを探しました。

そして見つけたのが、会社帰りに寄ることができる、リンパ浮腫を専門にみてくれる先生でした。

その先生に、

「リンパ浮腫があるからって、なんでも諦めなくてもいいんだよ」

と言われたことがあります。

「マラソンだってしたっていいし、着物を着たっていい」

というような話もされました。

もちろん、何もせず好きなことをすればいいという意味ではありません。

弾性ストッキングを着用するなど、リンパ浮腫とうまく付き合いながら、できることを楽しんでいけばいい。

そんな意味だったのだと思います。

それまでの私は、「リンパ浮腫があるから仕方ない」と、少しずつ諦めることを考えていたのだと思います。

でも、その言葉を聞いて、

「そうか。全部を諦めなくてもいいのかもしれない」

と、少し気持ちが軽くなり、希望が見えたような気がしました。

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