それが私の普通だった
子宮体がんが分かるずっと前から、私は生理不順でした。
生理が何週間も続くこともあり、1週間くらいで終わることはほとんどありませんでした。
学生の頃には、生理が長く続いてプールの授業を受けられなかったこともあります。
出血がひどくなることもありました。
生理が来ること自体が、本当に面倒で嫌でした。
周りとは何となく違うことは分かっていました。
でも、最初からそういう生理だったので、
「私はこういうものなんだ」
くらいに思っていたのだと思います。
基礎体温をつけるようになった
いつだったのかは、はっきり覚えていません。
母に病院へ連れて行ってもらったことがあり、その頃から朝、基礎体温をつけるように言われました。
ただ、当時の私は基礎体温がそれほど重要なものだとは思っていませんでした。
朝は寝ぼけながら測っていたので、知らないうちに二度寝してしまうこともありました。
口が開いたままで、うまく測れていなかったこともありました。
今振り返ると、かなり適当にやっていました。
そもそも、自分の体に何が起きているのかを真剣に考えていたわけではなかったのだと思います。
大学生の頃、救急車で運ばれた
大学生の頃には、生理が原因のひどい貧血で入院したこともあります。
夏休みで実家に帰っていたときのことでした。
その頃も生理がずっと続いていました。
でも、前日までは自分が貧血になっているという自覚はありませんでした。
ある朝、5時頃だったと思います。
突然、何かがおかしいと気づきました。
隣の部屋で寝ていたきょうだいに声をかけましたが、気づいてもらえませんでした。
そこで、布団から這うようにして階段のところまで行き、下にいた両親に助けを求めました。
そして、
「救急車を呼んで」
とお願いしました。
両親も驚いて、救急車を呼んでくれました。
近所の人には、祖母に何かあったのだと思われていたそうです。
そのまま病院へ運ばれ、しばらく入院しました。
母から後になって聞いた話では、病院に運ばれたときには輸血の話も出ていたそうです。
ただ、輸血にはいろいろと不安があり、輸血をしない方向で治療することになったと聞いています。
その後、貧血が回復するまで時間がかかったのか、入院は長くなりました。大学の授業が始まってもまだ入院していたと思います。
夏休みの課題もできなかったので、後からレポートを提出した記憶があります。
当時の私は、病院で詳しい説明を聞いたことをあまり覚えていません。
両親も一緒にいたので、「自分がしっかり聞いておかなければ」と思うこともなかったのだと思います。
生理がずっと続いていたので、貧血になったのだろうと、自分ではそんなふうに考えていました。
今振り返っても、
「生理が始まった頃から、まともだったことなんてあっただろうか」
と思うことがあります。
それくらい、私にとって生理不順はずっと身近なものでした。
だからこそ、その後も長い間、生理不順を抱えながら生活していくことになります。


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