放射線治療が始まった
まずは大学病院で、決められた回数の放射線治療を受けることになりました。
放射線治療というと、強い痛みがあるようなイメージを持っていましたが、治療そのものは台の上に横になり、照射を受けるだけでした。
最初は何も感じませんでした。
しかし、回数を重ねるにつれて少しずつ身体に変化が現れました。
放射線によるやけど(放射線皮膚炎)が起こり、水ぶくれができました。
歩くだけでも下着が擦れて痛みを感じるようになり、やけどの痛みで歩くことさえつらくなりました。
見た目以上につらい症状だったことを今でも覚えています。
放射線治療は、治療そのものよりも、回数を重ねるにつれて出てきた副作用がつらかったのだと思います。
小線源治療へ
規定回数の放射線治療を終えると、次は紹介された病院で小線源治療を受けることになりました。
入院期間は1月下旬から2月上旬ごろまでの、2週間ほどだったと思います。
手術当日は、きょうだいが付き添ってくれました。
当時は治療だけでなく、家庭のことなど、さまざまな悩みを抱えていた時期でもありました。
あまりに多くのことが重なっていたため、この頃の細かな記憶は、今ではあまり残っていません。
ただ、小線源治療を受けることが、とても怖かったことは覚えています。
事前に、治療そのものだけでなく、その後の副作用についても、重いものになるかもしれないと説明されていました。
だから、大変な治療になることはある程度想像できていたと思います。
それでも、実際に受けてみると、想像していた以上につらいものでした。
小線源治療のあとには、それまで経験したことのないような強い痛みやかゆみが続き、とてもつらかったという記憶が残っています。
紹介された病院へ向かうときの気持ちや、家族とのやり取りなど、細かなことは思い出せません。
小線源治療は、当時も嫌でした。
怖かったし、できることなら受けたくありませんでした。
そして、今振り返っても、やっぱりあの治療は嫌です。
その後、私は排尿障害になり、膀胱瘻を造設することになりました。
それでも、もしあのとき、この先にそうしたことが起こると分かっていたとしても、私はやはり治療を受けたと思います。
「死にたくない」という気持ちの方が強かったからです。
嫌でも、怖くても、生きるためには受けるしかなかった。
私に選択肢はありませんでした。
あのときも、今も、そう思っています。
👉 前の記事:放射線治療を受けることになった日|尿閉の始まりはここからだった【第二部①】

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