少しずつ希望が見えた頃|人工肛門の不安と少しずつ動き始めた腸【第二部⑤】

病気・治療の記録

胸水や腹水が少し落ち着いた頃、今度はガスが出ず、お腹が張るようになりました。

腸が細くなっている可能性や、放射線の影響で線維化している可能性があると言われ、大腸検査を受けることになりました。

消化器科の医師からは、このまま改善しなければ人工肛門が必要になる可能性もあると説明を受けました。

とても不安でした。

でも婦人科の主治医は、

「改善する可能性もあります。実際に改善した患者さんもいますから、もう少し様子を見ましょう。」

と話してくださいました。

その言葉だけが、当時の私の小さな希望でした。

翌日、大腸検査を受けました。

狭くなっている部分まで慎重に検査を進めてもらいました。

検査のあと、それまで出なかったガスが出るようになりました。

検査の影響だったのか、たまたまだったのかは分かりません。

でも、お腹の張りが少し楽になり、「よかった」と心から思いました。

その後、腸の動きを良くするために漢方薬を飲み始めました。

それでも消化器内科の先生からは、

「劇的には良くなっていませんね。」

と説明を受けました。

さらに、

「今の腸は、水に浸かっているような状態です。しっかり食べながら、ゆっくり過ごしてください。」

とも言われました。

正直、そのときは「腸が水に浸かっている状態」という意味はよく分かりませんでした。

でも、焦らず少しずつ回復を待つしかないのだということだけは伝わってきました。

人工肛門の可能性がなくなったわけではありませんでした。

それでも少しずつ食事が始まりました。

6月1日に重湯。

6月9日に三分粥。

6月21日に五分粥。

一歩進んでは、また様子を見る。

そんな毎日でした。

食事ができない間は、ラコール、エンシュア、エレンタールなどの栄養剤も飲んでいました。

正直、とても飲みにくく、「飲みたくない」と言うと、

「子どもでも我慢して飲んでいるんだから。」

と言われたこともありました。

6月16日頃からは下剤も飲み始めました。

そして、6月25日。

久しぶりに普通の便が出ました。

健康だった頃には何でもないことでした。

でも、その日は本当にうれしかったことを覚えています。

少しずつ、少しずつ。

本当に少しずつですが、腸は動き始めていました。

あの頃は、一歩前に進むたびに、小さな希望を感じていました。

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