長い入院生活が始まって間もなく迎えたゴールデンウィーク。
今振り返ると、この頃は先のことを考える余裕もなく、一日を過ごすだけで精一杯でした。
最初に異変を感じたのは、今まで経験したことがないほどの強い眠気でした。
「こんなに眠いなんて普通じゃない。」
自分でもそう感じ、家族にも何度も話していました。
当時は原因が分かりませんでしたが、今振り返ると、ほとんど食事が摂れない状態が続き、栄養状態もかなり悪くなっていたことが関係していたのかもしれません。
母がお見舞いに来てくれた日も、眠気が強く、ほとんど話すことができませんでした。
母は病室の外から私の顔を少し見ただけで「元気そうで安心した」と言って帰っていきましたが、私は心の中で「いや、全然元気じゃないんだけど」と少し笑ってしまいました。
見た目では分からなくても、自分では体の異変をはっきり感じていました。
その後、腹水と胸水がどんどん溜まり、咳も止まらず、息をすることさえ苦しくなっていきました。
酸素マスクをつける日もあり、息を吸っても十分に吸えない。
まるで肺が水に溺れているような苦しさでした。
父も入院中、肺に水がたまり、とても苦しそうにしていたことがあります。
その頃は見ていることしかできませんでしたが、自分が同じように呼吸の苦しさを経験して初めて、
「お父さんも、こんなにつらかったんだ。」
と、その苦しさが少し分かったような気がしました。
腹水を抜き、胸水を抜いても、しばらくするとまた溜まってしまう。
そんな状態が続きました。
食事が十分に摂れない状態が続いていたため、首からカテーテルを入れ、中心静脈栄養で栄養を補うことになりました。
腸を休ませるため、その頃から食事は中止となり、絶食になりました。
検査ではアルブミンや肝機能の数値も悪く、薬剤性の肝障害やアレルギーの可能性も疑われていました。
あまりの苦しさに、友達へ「しんどいよ」とLINEを送ったことがあります。
返ってきた言葉は、
「暇なの?」
でした。
友達には悪気はなかったのだと思います。
私がどんな状態だったのか、想像できなかったのでしょう。
私は「本当にしんどい」とだけ返信しました。
そのとき、苦しさは言葉だけでは伝わらないこともあるのだと感じました。
そんな入院生活の中で、私は病院で誕生日を迎えました。
主治医の先生や看護師さんが「おめでとう」と声をかけてくださり、本当にうれしかったことを今でも覚えています。
そして何より、休みのたびに時間をかけてお見舞いに来てくれた家族の存在がありました。
眠ってばかりで話もできない日もありましたが、それでも会いに来てくれる人がいる。
毎日優しく声をかけてくださる主治医の先生や看護師さんがいる。
その存在が、どれほど心の支えになっていたか分かりません。
振り返ると、この頃だけが特別につらかったわけではありません。
高熱と発疹で苦しんだ日もあり、胸水で息ができなかった日もあり、その後は腸が動かず苦しんだ日もありました。
どの時期にも、それぞれ違う苦しさがありました。
あの頃は、先なんてまったく見えませんでした。
ただ、その日の一日を過ごすことだけで精一杯だったことを、今でもよく覚えています。
👉 前の記事:突然の高熱と長期入院|原因が分からないまま始まった入院生活【第二部③】

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